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明治初年松山の好川方渡(馬骨と号す)が讃州より陶工を招き、
楽焼を創め、松山の西郊衣山に良質の陶土を発見し、研究に研究を重ね、
独特な焼方を考案完成し、「水月焼」称す。

其の子 好川恒方 好川亀 竹本幹夫(十二歳で母方の姓を継ぐ)
その志を継ぎ、益々切磋琢磨し、陶芸の本質を生かし、
その雅美豊かな作品は芸術品として、高く賞揚されると共に、
”宮”家への献上の栄に浴す事も数度に及ぶ。

特に当地方に多い天神蟹の天出は、最も妙を得意とするもので。
その他蛙、万年青、蔦、仏手柑、椿に於いても、
その精巧優美な事は水月焼の独特なものである。


松山で生まれた焼き物、「水月焼」。
焼き物と、絵画、彫刻の三位一体が織り成す総合芸術だ。

”馬骨”から創められた「水月焼」。焼・絵・彫りという三位一体術を継承している窯元が、現在松山にいくつか存在しているが、このホームページは”馬骨”から数えて三代目の窯元”竹本輝夫”のホームページである。

ここでは、馬骨から始まり、竹本輝夫までの、系図を表示しました。


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